福岡高等裁判所 昭和58年(う)497号 判決 1983年11月14日
裁判所書記官
松元和博
本店の所在地
福岡市中央区天神一丁目一三番二八号
法人の名称
ワールドエンタープライズ株式会社
代表者の氏名
吉塚強一
本籍
福岡県糸島郡志摩町大字小金丸四一〇番地の一
住居
福岡市中央区山荘通三丁目八〇番地 コープ野村山荘四〇二号
会社役員
吉塚強一
昭和一八年一月一四日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、昭和五八年六月二一日福岡地方裁判所が言い渡した有罪の判決に対し、いずれも原審両弁護人から適法な控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官吉川壽純出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主文
本件各控訴を棄却する。
理由
本件各控訴の趣意は、各被告人につきいずれも弁護人南谷知成、同大神周一が連名で提出した控訴趣意書(右両弁護人共同作成名義)記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官吉川寿純提出の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用し、これらに対し次のとおり判断する。
弁護人らの各控訴趣意(いずれも量刑不当)について
各所論は要するに、被告人らに対する原判決の量刑は犯情の評価を誤り不当に重いというにある。
しかし、本件記録並びに原審及び当審で取り調べた証拠に現われている被告人らの本件各犯行の罪質、態様、動機、結果等量刑の資料となるべき諸般の情状、とりわけ被告人らの本件犯行についてみるに、被告人吉塚は、金地金の取引を目的として昭和五三年九月に設立したワールド貿易株式会社の営業を昭和五五年五月停止し、それと同時に被告人会社を設立し(資本金設立当初は二、〇一〇万円、昭和五六年一〇月六、〇〇〇万円に増額)、その肩書地を本店とし、札幌、静岡、青森(現在は名古屋と岡山)に支店を置き、自己が被告人会社の代表取締役となって、右ワールド貿易株式会社と同様に、株式会社東京貴金属市場の会員となり金地金の取引をなしてきたものであるが、被告人会社の法人税を免れようと企て、原判示記載のような方法により所得を秘匿したうえ、昭和五五年五月一〇日から同五六年三月三一日までの事業年度における被告人会社の実際所得金額が一九七、二九〇、七七六円あったのに拘らず、その所得金額が三、二七四、六二三円でこれに対する法人税額が二四四、八〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を所轄福岡税務署長に提出し、もって正規の法人税額七七、四七四、二〇〇円と右申告税額との差額七七、二二九、四〇〇円を免れたものであって、その態様は国民の基本的義務である「納税の義務」を計画的、悪質な方法により免れているものであり、被告人吉塚は、右のように脱税するに至った動機として、被告人会社の不慮の際に備えるためなした旨述べるものの、これを以って右脱税を正当化する事由となし難いことはもとより、証拠上認め得る当時の被告人会社の諸事情を考慮しても、本件犯行の動機に情状を憫諒すべき余地はなく、しかもその脱税金額は余りにも大きく、被告人会社において、本件にかかる逋脱税額これに関連する加算税、延滞税並びに地方税等は全部完納し、また、被告人吉塚自身には前科、前歴はない等所論の被告人に利益な事情を十分に参酌しても、原判決の被告人らに対する刑の量定は相当であって、これを不当とする事由を発見することができない。論旨は理由がない。
そこで、刑訴法三九六条に則り本件各控訴を棄却することとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山本茂 裁判官 石井義明 裁判官 松尾家臣)
○控訴趣意書
被告人 吉塚強一
外一名
右被告人らに対する法人税法違反被告事件についての控訴の趣意は左記の通りである。
昭和五八年九月一六日
右弁護人 南谷知成
右同 大神周一
福岡高等裁判所
第三刑事部御中
記
(量刑不当)
原審の「罪となるべき事実」の認定については、これを争わないが、以下の諸点に照らせば、被告人会社ワールドエンタープライズ株式会社を罪金二、五〇〇万円に、被告人吉塚強一を懲役一年二月(執行猶予期間二年)に処するとの原判決には著しい刑の量定の不当が存するので、これを破棄のうえ、寛大な御判決を給わりたい。
一、本件犯行の動機及び手段方法
1、被告人吉塚は、昭和五五年頃、折からマスコミ等で金取引がヤリ玉に上げられる等していたことから将来被告会社においても、いかなる突発的事態が生じて、業積が悪化するやもしれないと思案するうち、脱税を思い立ち、実行したものであり、又、右不安が、役員の菅原俊明ら一四名の主要社員が突然集団退職し、しかも和解金約三億円を脅し取られるという事態となって現実化し更に会社を建て直すために脱税を実行したものである。
右和解金支払の経緯は被告人が、肝炎の為入院中であった昭和五六年一月主要役員であった菅原ら一四名が集団で反旗をひるがえして退職し、しかも、脱税をバラす、等と脅され、ワールド貿易時代の蓄積金約二億三、〇〇〇万円及び被告会社の裏金六、六〇〇万円を和解金として支払わされているものである。
被告人吉塚は名目八、二〇〇万円の分配金を割当てられていたが、これは、会社の運営に必要な残余財産となったのであり実際には被告人は受け取っていない。
2、その所得蓄積の手段方法は、架空取引であって確かに、計画的で悪質であることは否めない。
しかし、被告人の行為は、個人財産の蓄積をねらったものではなく多くの従業員を抱える会社の為めに行ったものであって個人の遊興費に充てるとか不動産購入に充てるとか言った個人的利得をはかるために行われたものではないので、この点も刑の量定の上で是非御考案いただきたい点である。
二、被告人は捜査にも積極的に協力し、納税にも全力を尽してきている。
1、本件犯行が発覚して、捜査が及ぶに至って、被告人は全く観念して自己玉取引についての上申書を提出し、究明に積極的に協力をなし、(検五四号証上申書のとおり)犯行を隠蔽する為の帳簿匿しなどの妨害は全くしていない。
2、本件起訴以来、被告人及び被告人会社は裏金の総てを表に出し、納税に全力を尽してきた。
その結果、本件起訴対象となった実際所得に対する逋脱税額約八、〇〇〇万円は勿論その他これに関連する加算税・延滞税及び地方税等を懸命の努力により全額完納した。(弁第一号証から第三号証)。
右逋脱本税を除く関連納税の概略は、
<1> 修正申告に基づく加算税・延滞税及び地方税額 約八、〇〇〇万円
<2> 更正決定に基づく加算税・延滞税及び地方税額 約三、二〇〇万円
<3> 本来退職者が支払うべき源泉税 約一、三〇〇万円
となり、被告会社の右納税総額は約二億七〇〇万円にのぼる。
3、この他、被告人吉塚はワールド貿易(株)の清算人として、これも本来退職者が支払うべき源泉税を含め約七、五〇〇万円を支払っている。
この点他の退職者らは、不正行為の利益を過分に受けながら、何らの責任を問われず、被告人吉塚は右利益の配分を全く受けず、しかも刑事責任、納税の負担を一身に背負わされ、更に、退職者らの源泉税までも支払わされる結果となっている。
三、被告人の悔悟及び被告人会社の現況
右巨額の納税及び巨額の和解金の支払い等によって、被告人及び被告人会社は、これまでに蓄積してきた裏金は勿論、表の資産も全べて失ったのであって、被告人自身、不正を行えばそれが、いかに高い代償につくかを身をもって感じており、検挙以来、辛酸をなめ、倫理的な意味においても大いに反省し、悔悟している。
被告人は、納税を第一義に考え、昭和五七年分の予定納税も既に納付済である(弁第一号証領収書番号4の<1>~<5>)が原審判決直前日までに会社資産、個人資産の全てを投げ出して本税重加算税等の支払をなしているため被告人会社経営が極度に窮迫し社会的にも大きな制裁を受けるに至っている。
原審判決は被告人会社に罰金率(逋脱税額に対する罰金額の割合)三二パーセント強という一般の統計的水準より相当高額の罰金率となっている。
しかしながら被告人会社は中小企業にもかかわらず、会社の命運をかけて巨額の本税・重加算税等の完済に至っているものであって右事情は特段の情状として御考量給わりたい。
四、被告人吉塚、被告人会社に再犯の惧れは全くない。
被告人会社は本件以後公明正大な経理体制を採っているものの本税・重加算税等納付により既に倒産寸前に追い込まれている。
他方被告人に前科前歴は全くなく本件における税納付態度は完全である。
(むすび)
以上の情状を十分御考量の上、被告人吉塚及び被告人会社が健全に立直る一助ならしめるためにも原判決の刑を幾分でも減じた寛大な御判決を重ねて懇願する次第である。